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東京地方裁判所 平成4年(ワ)10316号 判決

東京都文京区白山一丁目三七番六号

原告

トータス株式会社

右代表者代表取締役

世永育子

右訴訟代理人弁護士

米津稜威雄

増田修

長嶋憲一

麥田浩一郎

佐貫葉子

長尾節之

野口英彦

大阪市淀川区西中島六丁目七番三号

被告

アップル株式会社

右代表者代表取締役

後藤比朗也

右訴訟代理人弁護士

今村昭文

主文

1  被告は、原告に対し、金三〇〇万円及びこれに対する平成四年六月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用はこれを一〇分し、その一を被告の、その余を原告の負担とする。

この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は、原告に対し、金八四〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日かち支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告は、原告に対し、別紙記載の謝罪文を交付し、これを原告が原告の発行する対販売員連絡用パンフレットであるトータスメールに掲載することを承諾せよ。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  第1項について、仮執行宣言。

二  被告

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  請求原因

一1  原告は、家庭用浄水・活水器の製造、販売を目的とする株式会社であり、その販売方法は、いわゆる連鎖販売取引方法によるものである。

2  原告は、現在、日本全国を販路として七〇万人の顧客を有し、月商一三億円を有するわが国最大級の家庭用浄水・活水器の製造、販売会社である。

二  被告は、家庭用浄水・活水器の製造、販売を目的とする株式会社であり、被告の代表取締役後藤比朗也は、平成元年から平成二年一〇月まで約二年間原告に勤務し、関西及び北九州の営業業務を担当していたが、平成三年三月一五日被告を設立したものである。

三  原告の行っている浄水・活水器の製造、販売の仕組みは次のとおりである。

1  原告は、利用を希望する顧客に対し、まず水道等の蛇口につける器具である浄水・活水器本体を販売するが、その際それと同時にろ過材入りカートリッジ一個を併せて交付し、以後は顧客の希望する交換時期(許容可能浄水能力二〇〇〇リットルを前提に、顧客の家族数、職業等を勘案して、一か月、二か月、三か月のどれかを指定)毎に原告からその顧客に取換用カートリッジを直送することとし、その顧客への到着と引き替えに顧客の銀行口座からカートリッジ代金相当分を自動引き落としする旨の契約(預金口座振替依頼契約)を締結する。これにより、顧客は、所定期間ごとに確実に取換用カートリッジの入手が可能となり、また、その代金の決済についても事務上の手数をかけずに済ますことができる。

2  販売員は、浄水・活水器の利用者の中で、特に希望するものにその資格を与えている。原告と販売員との間には、販売員契約が成立しており、商品の売買の当事者としての契約関係のほか、原告と販売員との間の事務管理代行サービス委託・受託契約が含まれている。販売員は、原告から商品を購入し、更に自らが販売主体となって顧客に販売するものであるが、その販売実績に応じて販売員としての地位(ランク)が上昇するようになっており、また自ら手掛けた顧客の購入実績に応じて販売員に対し所定の料率による口銭の支払いがなされるようになっている。取換用カートリッジは、販売員を通じて原告と顧客との間で締結された前記預金口座振替依頼契約に基づき、原告から定期的に顧客に対し直送する。

四  原告は、設立当時から相当の間、販売用の浄水・活水器及びろ過材カートリッジについて、その製造を長野市所在の訴外ファミリー・サービス・エイコー株式会社に委託発注していた。しかし平成三年初め頃、右訴外会社との契約を解消し他の会社に委託するようになった。その後右訴外会社は、原告が供給していた金型を流用して独自に浄水・活水器販売事業の展開を企図するようになり、そのための販売会社として設立されたのが被告である。

五1  被告は設立直後の平成三年夏頃から、被告代表者、社員及び被告の販売員を通じて、以下に述べる詐欺的方法を組織的に用い、原告の顧客を欺罔し、困惑、動揺させ、原告との契約を解消させて被告と取り引きさせ、北四国地区、岡山地区、北九州地区を中心として、多くの原告の顧客を奪っている。

2  被告の行った違法な勧誘方法には、次の3、4にのべる二つの態様のものがあるが、原告の販売員である者に対しては、原告との間の販売員契約及びその者が顧客としての立場で原告と締結する預金口座振替依頼契約を、原告の顧客である者に対しては、その者と原告との預金口座振替依頼契約及びその顧客と原告の販売員との間の原告の商品の販売を内容とする販売契約を、それぞれ原告に対し破棄する旨の意思表示をさせこれらすべてを、新たに被告との間の契約に切り替えさせるものである。

3(一)  被告の行った違法な勧誘方法の一つは原告の会員及び販売員に対し、訪問又は電話により、原告自身が従来商品の改良型を販売すると告げ、これに伴って浄水・活水器本体を無料で交換するが、以後交換カートリッジの取扱は被告が窓口になると告げ、原告の顧客を誤信させて浄水・活水器本体の取換えに応じさせ、被告に対する自動振替依頼書を作成させるという方法である。

被告の販売員はこの勧誘に当たり、原告が自ら改良したものを以後被告の名義で売り出すとか、被告が原告商品を改良し原告から引継ぎを受けて取引を行うとか、原告と被告は同一会社であって名前だけ変わったものであるとか述べ、いずれも商品「改良」の主体を曖昧にし、また、原告と被告という事業主体の変更の事実を曖昧にして、顧客、利用者に原告との取引を破棄し別途被告と新規の契約をするものであるという事実を強く認識させないよう工夫している。

(二)  これは、いずれも原告の販売員又は会員をして、あたかも原告の営業活動が被告に引き継がれたかのように誤認させ、または原告の営業活動と被告の営業活動とを混同させて被告と取引させる違法な行為である。

4  もう一つの被告の行った違法な勧誘方法は、原告の会員及び販売員に対し、訪問又は電話により、原告が倒産したとか倒産の危機にあると告げ、交換カートリッジの爾後の供給が困難になると告げ、顧客、利用者の不安を煽り誤信させ、「今なら浄水・活水器の本体が無料で交換できる」などと勧誘し、原告との取引を破棄させて新たに被告との間に契約を締結させるものである。

この場合原告の販売員であるものに対しては、更に交換カートリッジの以後の供給がなくなる結果コミッションの入金の当てもなくなるおそれがあるとか、拡販活動のため多少の在庫を持っている販売員に対しては、今のうちに返品しておかないと原告が倒産してしまえば大変なことになるとか、その他、経済的な損失が発生することを告げて、それを避けるために原告との契約を即時破棄することの決断を迫ることもあった。

5  前記3記載の方法により、被告代表者、社員、販売員らが、原告の顧客、利用者をして、原告との契約関係を解消し被告との契約を締結させるために行った違法な勧誘活動の例は次のとおりである。

(一) 平成四年三月頃、愛媛県在住の被告販売員星加康雄は、原告の顧客小島博志に対し、電話で「トータスから新商品が出ましたので、四月一〇日までに本体を外して持ってきたら無料で取り替えて上げます。そして自振(自動振替依頼書)も早急に書き替えて下さい。」と告げ、あたかも原告が商品を改良し、その取換品について被告が原告を引き継いで販売窓口になるかのように誤信させて、原告との契約を解消し被告との契約を締結するよう勧誘した。

(二) 平成四年三月二〇日頃、愛媛県在住の被告販売員森高曙子は、被告販売員である近藤公子、近藤浜一とともに、原告の顧客である入江慶子を勤務先に訪問し、「トータスは今までは良かったけど、トータスはよそへ行く。今からはアップルの会社が引き継いで行くから、一日も早く本体は寛斎の水神という新商品と取り替えてあげるから、自振も書き替えてくれ。」と告げ、あたかも被告が原告の新商品の窓口となって原告の営業を引き継いでいくものであるかのように誤信させて、原告との契約を解消し被告との契約を締結するよう勧誘した。

(三) 平成四年一月頃、福岡県在住の被告販売員筒井記代子は、同県の原告の顧客小田由美の自宅を訪問し、「浄水器が変わります。トータスと無料交換でカートリッジは少し安くなり、性能は同じだから。」と告げ、あたかも単なる商品の交換に過ぎず、原告との既存の取引関係に変更のないものであるかのように誤信させ、よって原告との契約を解消させ、被告との契約を締結させた。

(四) 平成四年一月下旬頃、右筒井記代子は、福岡県の原告の顧客小畑佳代の自宅を訪問し、「浄水器が無料で新しく変わります。寛斎です。」と告げ、あたかも単なる商品の交換に過ぎず、原告との既存の取引関係に変更のないものであるかのように誤信させ、よって原告との契約を解消させ、被告との契約を締結させた。

(五) 平成四年一月頃、福岡県の原告の顧客松枝弘子の自宅に被告販売員某が訪問し、「本体が変わります。」と告げ、あたかも単なる商品の交換に過ぎないように誤信させ、よって原告との契約を解消させ、被告との契約を締結させた。

(六) 平成四年二月中旬頃、福岡県の原告の顧客森下秀美の自宅に被告販売員某が訪問し、「本体が変わります。会社の名前が替わるだけ。」と告げて、あたかも単なる商品の交換に過ぎず、被告は単に原告が社名変更したに過ぎないように誤信させ、よって原告との契約を解消させ、被告との契約を締結させた。

(七) 平成四年二月ないし三月頃、愛媛県在住の被告販売員である宮崎某は、原告の顧客村上佳子の自宅を訪問し、「トータスの今までのはクレームが多いので取り替える。」と告げ、あたかも単なる商品の交換に過ぎないように誤信させて、原告との契約を解消し被告との契約を締結するよう勧誘した。

(八)(1) 平成四年二月末頃、愛媛県在住の被告販売員である太田某は、原告の顧客嶋村アイエの自宅を訪問し、「三八〇〇円のカートリッジで三か月交換だから得だ。」と告げ、あたかも単なる商品の交換に過ぎないように誤信させ、よって原告との契約を解消させ、被告との契約を締結させた。

(2) この事例において、嶋村アイエは単に商品が取換期間三か月のものに変わったという認識しかなかった。偶然の事情から発見されたものであるが、通常は発見されなかったと思われ、このような事例が他にも多数あったと推察される。

(九) 平成四年三月頃、福岡県行橋市在住の被告販売員某は、同県在住の原告顧客に対し、「トータスの浄水器が新しくなりました。」と告げ、あたかも単なる商品の交換に過ぎないように誤信させて、原告との契約を解消し被告との契約を締結するよう勧誘した。

(一〇) 平成三年一二月から平成四年三月頃までの間、被告販売員が原告の顧客、販売員に対し、ファックスにより通信する方法で、あたかも原告の商品が改良され窓口だけが被告になったかのような表示をし、もって原告との契約を解消し被告との契約を締結するよう働き掛けた。

(一一) この他、原告に対し、被告の所定の申込書セットを送ってきた岡山県在住の者がいるが、右の者はその前から原告の顧客であったので、ことさら原告に対し、右書類を送付する必要などないものであり、被告の販売員に欺罔され、原告と被告が企業主体として同一のものと誤信したため、この書類を送付してきたものと思われる。

(一二) なお被告らの違法な行為は、これら以外にも発見されないで、多数存在していると思われる。

6  前記4記載の方法により、被告代表者、社員、販売員らが、原告の顧客、利用者をして、原告との契約関係を解消し被告との契約を締結させるために行った違法な勧誘活動の例は次のとおりである。

(一) 平成四年一月末頃、愛媛県在住の被告販売員森高曙子は、香川県在住の原告の販売員大塚マスエ、近藤タジ子、三好文子に対し、それぞれ電話で、「トータスが倒産したので、在庫を引き取るから、新しい会社の水神を売らないか。」と告げ、原告が倒産したように誤解させて、原告との契約を解消し被告との契約に切り替えるよう勧誘した。

(二) 平成三年一二月頃、前記森高曙子は、香川県在住の原告の販売員藤田八重子に対し、電話で、「今トータスは倒産状態にあるのでカートリッジも中止になる。私が販売している素晴らしい浄水器に変更しないか。」と告げ、原告が倒産したように誤解させて、原告との契約を解消させ、被告との契約に切り替えるよう勧誘した。

(三) 平成四年一月中旬頃、被告の販売員白石セツ及び片山正子は、原告の販売員である鈴木隆子をその自宅に訪問し、「トータスが倒産状態にあるので、トータスの在庫分を全部返品したほうが安心できる。もう何か月もつかわからない。アップルの浄水器は三月五日までなら無料で取り付けるからその方に変更するように。」と告げ、原告が倒産寸前のように誤解させて、原告との契約を解消し被告との契約に切り替えるよう勧誘した。

(四) 平成四年一月末頃、右白石セツは、愛媛県在住の原告の販売員合田幸江に対し、電話で、「トータスの倒産も間近である。新しい水神を無料で取り付ける。」という趣旨のことを告げ、原告が倒産寸前のように誤解させて、原告との契約を解消し被告との契約に切り替えるよう勧誘した。

(五) 平成四年三月頃、愛媛県在住の被告販売員は、同県在住の原告の顧客鴻上良恵に対し、「トータスはもうつぶれるから。アップルの会社の商品を貸してあげるから、本体を外して持って来なさい。自振も書き替えてください。カートリッジは三八〇〇円で三か月になりました。カートリッジのコミッションは七〇〇円アップになるから一日も早く取り替えたほうがよい。」と告げ、原告が倒産寸前のように誤解させて、原告との契約を解消し被告との契約に切り替えるよう勧誘した。

(六) 平成四年四月六日頃、愛媛県在住の被告販売員高須賀正利は、同県の原告の顧客真鍋佳子に対し、「トータスがつぶれました。今後はうちの会社でアフターさせていただきます。」と告げ、原告が倒産したように誤解させて、原告との契約を解消し被告との契約に切り替えるよう勧誘した。

(七) 平成四年三月頃、福岡県行橋市の被告販売員らは、同地方の原告顧客らに対し、「会社がつぶれる。電話をしても通じないのは会社に誰もいないから。カートリッジが送ってこなくなる。」と告げ、原告が倒産したように誤解させて、原告との契約を解消し被告との契約に切り替えるよう勧誘した。

(八) 平成四年四月又は五月頃、大阪府在住の被告販売員某は、大阪市の原告の顧客中西裕佳子に対し、「トータスが明日にも不渡手形を出し倒産寸前だから、早くアップルに乗りかえた方がいい。トータスをご紹介した方にもしものことがあると無責任なままではすまされないから、早く手を打つように。七月までに替えると本体は無料で新品がもらえる。古い器具と自振を取ってくるように。」と告げ、原告が倒産寸前のように誤解させて、原告との契約を解消し被告との契約に切り替えるよう勧誘した。

(九) 平成三年一一月頃、被告販売員某は、香川県在住の原告販売員楠原ハルミに対し、「アップルの会社にトータスが三億円借りていてその支払いができず、すぐつぶれるので早くアップルに切り替えるように。」と告げ、原告が倒産寸前のように誤解させて、原告との契約を解消し被告との契約に切り替えるよう勧誘した。

7(一)  被告代表者後藤比朗也自身、平成四年一〇月三〇日、大分市内のJR大分駅近くの喫茶店において、原告の顧客であり販売員である戸田由美子と鍵野某に対し、原告が倒産寸前にあるなどと虚偽の事実を告げて、原告との取引きを解約し被告との取引きに切り替えるよう勧誘した。

(二)  なお平成四年九月二二日、本件訴訟に先行して原告が被告に対し請求原因五3、4の違法な販売活動の差止めを求めた仮処分申立事件において、原告と被告との間で、相互に相手の会社やその業務方法について、誹謗・中傷したり虚偽の事実を陳述・流布しない旨の和解が成立しているのに、被告代表者後藤は、右(一)の行為をしたものである。

8  右5ないし7のほかに前記3、4記載の被告の販売員の違法な行為を推認させるものとして、原告に対し、一時期に特定地域から大量に解約届が送付されてきたり、同一様式のものが大量に送られてきているという事実がある。このことは上位者から傘下の者たちへの何らかの説得または指示によってなされたものであること、あるいは違法なまたは何か尋常でない勧誘の方法によってなされたものであることを強く推認させる。このような指導をするものは、被告をおいて他にはいない。その実例は次のとおりである。

(一) 甲第三一号証の一ないし四は、同一書式で平成四年二月中に愛媛県在住の原告の顧客から送付されてきたものであるが、同一の形式で書かれており、しかも甲第八号証の書状で指導されている解約届の書き方に全く依拠したものである。平成四年の二月と三月の間に、愛媛県だけでも、右甲第三一号証の一ないし四と同じ書式によった葉書が四二枚原告に送付されてきている。

(二) 甲第三二号証の一ないし五は、いずれも平成四年二月から三月までの間に、香川県在住の顧客から、原告に対し、送付された解約届の葉書である。これらは葉書の表面、裏面ともいずれもワープロによって印刷されており、全く同じ書式である。この書式のもので平成四年二月から四月までの間に香川県から原告に送付された葉書は全部で一六四枚に達する。わずか三か月の間に、香川県という特定の県から送付された「脱会届」と題する葉書一六四枚が、皆ワープロ印刷の同じ葉書で作成されているということは、販売組織の上位者から傘下の者たちへの積極的かつ尋常でない方法、手段による働きかけが大掛かりに行われたことを推認させる。

(三) 甲第三三号証の一ないし二七は、平成四年一月末から二月初めにかけて岡山県在住の顧客から原告に送付されてきた解約届の葉書である。葉書の表面、裏面とも全く同じ書式であり、しかもこの二七枚の葉書は同じ筆跡によって書かれているほか、葉書裏面の最上部にいずれも「大至急」と朱文字で大きく書かれ、表面の宛名が原告の「解約係御中」となっている。これは、書式、筆跡が同じであることから、販売組織の上位者が傘下の者たちに対し、原告との契約を解約させるだめに、働き掛けた結果のものであることは明らかである。「大至急」と朱書してあることは、この働き掛けを行ったものが、予め用意した葉書にその傘下の者たちの捺印をもとめるため、あたかも原告が倒産間近にあるかのように誤信させるような言辞を弄したのではないかと疑わさせる。

(四) 甲第三四号証の一ないし一五は、平成四年二月下旬に愛媛県松山市在住の訴外高橋妙子から同一封筒で、原告に送付された「脱会届」及びその封筒である。ガリ版印刷のようなもので予め書式が作られていること、しかもその書式の中に「販売員登録番号」という欄がある。平成四年の一月から二月にかけて、この書式による「脱会届」が愛媛県だけから一二六枚原告に送付されてきた。この書式の中に「販売員登録番号」という欄が記載されているのは、この書式が販売組織のかなり上部の方で作成され、傘下の下位の販売員たちに配布されていたことを推認させるものである。そして同時に組織をあげてこの書類に記名捺印を求めるための説得が行われたことを推認させる。その場合、個々の顧客を説得し捺印させるため、請求原因五3、4のような方法がとられたことは疑いがないと思われる。

(五) なお、このほかにも同様の事例が多数あるほか、販売員の中で通報してこないものがいる可能性もかなりある。

(六) これらはいずれも被告の販売員の違法な行為によって、誤信し、あるいは動揺した原告の販売員、会員に対し、原告に対する解約手続きは自分が代行するなどと告げ一応の了解を得たうえで、被告の販売員自身が「解約届」を送付してくる例が多いと思われる。また販売網の上位ランクの販売員が、何らかの理由で被告の販売員に変わってしまい、その上位の販売員が傘下の組織をあげて原告との契約を解消させ、被告との新たな取引に切り替えさせたと思われる場合もあり、この場合、下位ランクの販売員や顧客らを網羅的に従わせるため、原告が主張する違法な方法がとられた事例も推認される。

(七) なお、被告は、右は原告の販売システムに問題があるからだと主張するが、そのような問題がないことは後述のとおりであり、仮に販売員の中に不満を持つものがいたとしても、それは販売員としての不満であるから、その下にいる顧客までもが組織単位で転向することはあり得ない。

9  前記5、6のような、広い地域にわたる多数回の違法な勧誘活動の例、前記7のような被告代表者後藤比朗也自身の言動、右8のような集団的な解約の事実からすれば、前記3、4の被告の販売員による勧誘活動が存在したと認められ、しかも右の行為は、被告の指示による組織的なものであるというべきである。

10  これらのうち、被告の前記3の行為は、不正競争防止法二条一項一号に該当し、前記4の行為は、同法二条一項一一号に該当し、仮にそうでないとしても、原告は詐欺的方法によって妨害されることなく営業を継続することのできる権利を有し、これは営業権ないし人格権として法的保護を受けることのできるものであって、原告のこの権利が、被告の詐欺的方法により侵害されたのであるから、民法七〇九条の不法行為に該当する。

六1  被告は、原告の販売組織では、顧客のカートリッジ代金の引落としができないとき、担当販売員に対するコミッション相当額を控除する仕組みになっているのを不当な方法であるかのように主張するが、本来、販売員は、独立の事業者として、販売した商品について代金回収のリスクを負っているものである。したがって代金引落としができない場合、その顧客との関係をどうするかは、当該顧客と売買契約を締結した販売員の問題である。このことは原告が常時開催している研修会などでも、何度も説明していることである。

2  「事務管理代行サービス」についても、全国で八万人以上の販売員を抱える原告にとって、十分な事務管理サービスを提供するための費用は全体としては膨大である。これをすべて原告で負担することは困難である反面、個々の販売員の負担は小さく、不当なものではない。

3  原告が行っているキャンペーンについても、参加するかどうかは全く自由である。営利企業がキャンペーンによって拡販のための運動、ムード作りをすることは当然のことであろう。またキャンペーンである以上、何らかの特典、恩典を伴うのも当然であり、販売員のランクアップをさせるのはむしろ自然である。原告のキャンペーンの仕方が不当、不法であるとはいえない。

原告は、当初の浄水・活水器の販売のみという業態から、急速に業容を拡大し、いろいろ他の商品を取扱いの中に加えるようになり、これら新商品の販売を開始したとき、重点的にその販売に注力するのも当然のことであり、キャンペーンにおいて、その新商品に意識的に配点を多くしたり、最低販売条件を定めることも通常の営業活動として当然であろう。

4  以上のように、原告の販売員組織は正当なものであり、販売の仕組みも健全である。現に今なお原告の販売員を勤めているものは数多い。原告の販売員組織、販売の仕組みについての不満だけが理由で、原告の顧客、販売員の大量解約があったとする被告の主張は成り立たない。また仮に被告の主張のとおり予期した利益をあげることができず、悩んでいる販売員がいたとしても、立場の違うほかの販売員に対し、その悩みの理由をもって、原告の商品を捨てて被告の商品に移るよう説得することはできなかったはずである。大量解約の理由は、被告や被告の販売員たちが行った前述のような違法、不当な取引勧誘行為にあったとしか考えられないのである。

七1  被告がこのように、その代表者、社員、被告販売員らを通じて違法な取引勧誘行為を実行させた結果、原告は、北四国、岡山県、北九州地区において、不法に多くの顧客、利用者を奪われ、財産的損失を被った。被告の違法な行為によって原告との契約解消に至ったものは、平成四年二月から五月までの期間をとっても四五〇〇件以上を数え、仮にこの件数を契約解消数として算定すると、一回の取換用カートリッジの金額二八〇〇円で、顧客が取換用カートリッジの自動送付期間として二か月を選択し年平均六回の取換えをすると仮定すると、原告は、少なくとも金七四〇〇万円の損害を被ったことになる。

2  また被告が原告について、既に倒産したとか、倒産間近であるとかの事実無根の誹謗を陳述、流布したことによって、原告はその信用、名誉を毀損されており、これによって原告が被った無形の信用損害は金一〇〇〇万円を下らない。

八  よって原告は、主位的に不正競争防止法二条一項一号、一一号、四条、予備的に民法七〇九条、に基づき、第一の一1の裁判を、不正競争防止法二条一項一号、一一号、七条に基づき、予備的に民法七〇九条、七二三条に基づき、第一の一2の裁判をそれぞれ求める。

第三  請求原因に対する認否及び被告の主張

一  請求原因一1は認め、同2は知らない。

二  請求原因二は認める。

三  請求原因三1、2は認める。

四  請求原因四中、訴外会社は、原告が供給していた金型を流用して独自に浄水・活水器販売事業の展開を企図するようになり、そのための販売会社として設立されたのが被告であることは否認し、その余は認める。

五1  請求原因五、六は否認する。

2  なお甲第八号証の文書について述べると、原告の浄水器は、本体もカートリッジももともと現在アップルの浄水器を製造している訴外ファミリー・サービス・エイコー株式会社で製造されており、方式も形態も似通ったものであり、その意味で、原告のカートリッジが新しく改良されたというのは、同じ会社で作られた改良品という意味にも取ることができ、また、窓口は被告であるアップル株式会社であるという部分も、窓口という言葉が販売会社としての意味で用いられたと考えることもでき、更に、同じ書面の下半分の部分に、原告に対する解約届の書式が記載されているので、右を読んだ者は、少なくとも原告との関係は解消になるのだと意識するはずであり、いずれからも甲第八号証を違法な勧誘の文書と断定できるものではない。

六  請求原因七1、2は否認する。

七  請求原因八は争う。

第四  被告の主張

一1  原告の販売員は、個々の販売員に多大の犠牲を強いる原告の販売方法に不満や不信感を持っていた。原告の営業ではキャンペーンと称して、期間を定めて大量の商品を仕入れさせられることによって販売員としての地位が上がるという販売方法を継続的に行っている。そのため販売員は、組織内部の種々の圧力によって大量の仕入れを借金などをして行うことになるが、結果としてその在庫をさばくことができず、多額の借金に苦しむ状態となっていた。抱き合わせ商品の購入を昇格キャンペーンで強制されたが、それらについても在庫を抱えて苦しんだりした。また、そのような説明がなかったのに、自らの顧客が払うべきカートリッジ代金の銀行引き落としができない場合には、担当販売員のマージンから代金が引かれるなど、顧客の不払分の負担をさせられ、そのためコミッション収入が毎月マイナスになり、それが増加するということもあった。

更に原告では、説明会などにおいて、商品である浄水器に六つの特許があると説明してきたが、特許はないということが分かり、原告の販売員は、原告に対する不信感を持つと共に、それを信じて顧客にも説明してきたことについて責任を感じた。

2  そこで、これらの原告の販売方法の問題に苦しんでいた原告の販売員が、そのような問題のない被告の販売方法、すなわち在庫の購入によるランクアップの制度がなく、販売員に無理な仕入れはさせないし、キャンペーンもない、販売員に本来被告が負担すべき経費を負担させない、誤った情報を伝えることによる販売は行わないなどの販売方法に共鳴し、自らの意思で被告の販売員に転向したことはあった。そして被告分販売員に転向した者は、同じような不満や不信感を持っていた原告の販売員当時の仲間や傘下の販売員にも被告の販売方法のことを話したところ、被告の販売方法に魅力を感じて被告の販売員に転向するものが続出した。そもそも原告の販売方法は人的つながりを基礎としてピラミッド型の販売組織を形成することにより成り立ってきたのであって、上位の販売員が傘下の販売員に対して影響力を有する場合が多い。そのため、上位の販売員が被告の販売員に転向した場合には、傘下の販売員も上位の販売員に同調して被告の販売員に転向しやすいという事情がある。

3  なお原告は、販売員は独立した事業主体であり、キャンペーンに乗るか乗らないかは自由であると主張する。しかしながら、原告の販売員のランクは極めて多数に細分化されており、自分の傘下の下位の販売員が自分より上位のランクを獲得すると、その販売員が自分の傘下から離脱するという、通称追い越しによる傘下からの離脱の制度があるため、販売員としてはキャンペーンに乗らずにいると、キャンペーンによるランクアップで傘下のものが自分のランクを追い越すのではないかという不安に常につきまとわれる。また多数のランクの存在は販売員間の競争意識を煽り、無理な商品購入を行わせるおそれが高い。現に原告の営業マンや上位の販売員は、ランク取りのための商品購入を勧めるに当たってクレジット会社や生命保険会社からの借金の仕方まで教えている。

そしてキャンペーンで購入した商品を傘下の販売員におろそうとすると、傘下の販売員も同じようにキャンペーンに乗って商品を購入しているためにおろすことができず、在庫がたまって借金だけが残るという事態になって販売員が苦悩したという実態がある。

キャンペーンは、販売員に競って多数の商品を購入させるための手段であり、販売員は、制度上はキャンペーンに乗るか乗らないかは自由であっても、現実には乗らざるをえないような状況におかれている。

このことは抱き合わせ販売についても、ランクアップなどの特典がつけられているので、右と同様に販売員は現実には自由な立場にはない。

4  引落不能カートリッジ代金の回収義務の問題については、多くの販売員は家庭の主婦であり、販売員に代金回収の義務を負わせるシステムは、現実には販売員の負担により原告のリスクを回避しているシステムと見ることもできる。

事務管理代行料についても個々の名目の代行料はさほど多額ではないかもしれないが、実際にこれらを合計するとかなりの手数料額になり、販売員のコミッションの額が少なくなるのが事実である。

被告においてはこれらの負担がないため、販売員が原告のシステムよりも被告のシステムに魅力を感じたとして、不思議はない。

5  以上のように、原告の販売システムには、制度上あるいは運営上の問題点が多くあり、そのために原告の販売員の多くは、原告に対する不満や不信感を持っていた。そのような中での原告の販売員から被告の販売員への大量転向は、原告の販売方法上の問題と販売組織に内在する事情があいまって生じたものである。組織毎あるいは組織の相当部分の販売員が被告の販売員に転向したことが、原告の主張するような、被告による違法な勧誘方法がとられたことの裏付けになるわけではない。原告において、販売員が安心して活動できるような販売方法がとられていたとしたら、右のような大量脱退ということは起こるはずがない。

二  被告は営業活動において、原告と被告の営業の同一性について誤認、混同を生じさせる方法や、原告の営業上の信用を害する虚偽の事項を告げることによって、原告の販売員を被告の販売員に転向させたり、被告の販売員に指示、指揮、指導して転向を勧めさせたことは一切ない。むしろ被告の営業方法をよいものと信じ、原告と被告の営業主体や販売方法の違いを事実に基づいて説明して納得してもらう営業活動を行い、その結果原告の販売方法に不満を抱いていた原告の販売員が大量に被告の販売員に転向したものであり、正当な営業活動を行っただけである。右のような行為は自由競争社会において当然にすることができるもので、何ら不正ではない。ただ現実には、原告の販売員から被告の販売員に転向した者は、原告の営業方法に強く不満を持っていたり原告や上位の販売員に対する不信感を持っていたので、顧客に転向を勧める際、原告への不満や不信の言動が出た可能性はあるだろう。

三  原告は、多数の解約届が同一筆跡あるいは同一形式の葉書によるものであることが被告による違法な勧誘を裏付けるものであると主張している。しかし、前記一のとおり、原告の販売員とその傘下の販売員との間には人的なつながりが生じている場合が多いから、原告の販売方法に不満を持っていた販売員たちが不満について互いに相談している状態の中で、被告の販売方法の説明を受けて転向する場合、複数の者が同時に転向することも少なくない。また原告の販売員は、ある意味で独立した事業者であるから、自らの人間的つながりをもとにしている顧客や傘下の販売員に対し、できれば自分の信ずる会社の浄水器に変えたいというのは当然のことである。またそのような人間関係があるから、原告が主張するような違法な行為に出なくても事情を説明して転向を促すことは容易である。

このように組織ごと、あるいは相当部分の者がまとまって原告の販売員を辞める場合、上位の販売員が傘下の販売員の了解のもとに解約届をまとめて作成したり解約届の例を示したりすることは当然にあることで、その場合は同一筆跡あるいは同一形式の解約届となる。しかも原告の社員から、「解約したい顧客の了解がある場合、販売員の責任において作成された販売員の捺印による解約届でも受理する」旨の回答を得ていたため、解約届がまとめて作成された事情もある。

前述の組織ごとの転向の可能性と人的つながりや、顧客に経済的負担がないことによる説得の容易さを考えるならば、大量の同一形式の解約届の提出があったということだけで被告の違法な勧誘行為を推認することはできない。

四  原告が提出した、被告あるいは被告の販売員が行った違法な勧誘行為についての証拠は、標題が統一されていること、同じ原告の便箋に書かれた同じような内容の文書であることなどからすると、これらの原告の販売員の訴えは、原告の営業社員がある程度記載内容を教えたうえで書いてもらったものであることを推測させるものであり、記載した本人もそれがどのような目的で作成され、どのような意味を持つものかあまり意識せずに作成したおそれがある。

また原告のかなり上位であろう販売員が書いたものは、自分の利害関係が大きいので、被告販売員の行動に対して批判的、中傷的になり、ときには誇張されるおそれが十分考えられる。このように見ると、原告が提出した書証によって原告のいうところの被告の違法な勧誘という事実が立証されていると見ることは無理である。

これに対し、原告が主張する違法行為を否定する内容の被告提出の書証である陳述書は、いずれも具体的で迫真性に富み、自然であり、信用性十分である。

五  原告による損害の立証については、一部の県のごくわずかな期間の解約数の推移を明らかにしているだけで、違法な行為がなかったとしても生じる自然解約の割合も曖昧であり、本件訴訟において原告の主張する違法な勧誘活動による顧客の減少数は何ら立証されていない。損害の額についても、原告の主張においては、商品の製造原価、原告の営業経費、販売員に対するマージンなどが無視されており、損害の主張としても極めてずさんである。

第五  証拠関係

証拠の関係は、記録中の証拠に関する目録記載のとおりである。

理由

一  請求原因一1、請求原因二、請求原因三1、2は、当事者間に争いがない。

二  請求原因四中、原告は、設立からしばらくの間、販売していた浄水・活水器及びろ過材カートリッジを長野市所在の訴外ファミリー・サービス・エイコー株式会社(以下「エイコー」という。)に委託発注していたが、平成三年初め頃、エイコーとの契約を解消して他の会社に委託するようになったこと、被告の代表者後藤比朗也は、平成二年一〇月まで、原告の社員であったことは当事者間に争いがなく、被告代表者後藤比朗也の供述によれば、エイコーは浄水・活水器販売事業を行っており、被告がその販売を担当する会社であることが認められる。

成立に争いのない乙第一四号証及び被告代表者尋問の結果によれば、被告代表者が原告を辞めて、被告を設立するに至った経緯及び原告が不正競争行為あるいは不法行為が行われたと主張する時期の被告の営業活動について次のとおりの事実が認められる。

被告代表者は、北九州において、協和醗酵の栄養補助食品の販売を行っていたが、昭和六三年後半から原告の家庭用浄水器を販売するようになり、平成元年、原告の営業担当者からの勧誘で営業社員として原告に入社し、四国、大阪、九州地区の営業を担当し、平成二年五月頃には、西日本地区担当の営業部長となった。

その頃、被告代表者は、取引先と浄水器の本体を無償で提供するという約束をしたことが原告の方針と合致せず、このことも一因となって、九州地区担当の営業部長の下で働くことになり、その後間もない平成二年八月に原告に辞職願を提出し、同年一〇月に原告を辞めた。

被告代表者は、平成二年の暮、知人の紹介でエイコーの深澤社長に会い、その結果、被告代表者がエイコーと提携して、エイコーの製造する浄水器を販売することに合意した。その結果、被告の資本金一〇〇〇万円のうち二〇〇万円についてエイコーの出資を得て、平成三年三月、被告が設立された。

被告は、平成三年暮れから平成四年にかけて、浄水器の無料交換キャンペーンを行い、キャンペーン期間中に九〇〇〇個(販売価格にして一億六二〇〇万円相当)の既に各家庭に取り付けられていた他社の浄水器を無料で自社のものに交換したが、その交換対象となった浄水器の中には原告の浄水器も含まれていた。

本件において原告が不正競争行為あるいは不法行為がされたと主張する時期及び後記のとおりの原告への大量の解約届が送付された時期は、いずれも右無料キャンペーンの期間に相応している。

三1(一) 成立に争いのない甲第四六号証、証人世永元保の証言により成立を認める甲第一六号証の一、二、甲第一七号証の一、二、甲第二〇号証ないし甲第二二号証、甲第二五号証の一、二、甲第二六号証の一ないし三によれば、請求原因五5(一)ないし(七)、(八)の(1)、(九)の事実を認めることができる。

成立に争いのない乙第一号証の一、二及び証人森高曙子の証言中、右認定の請求原因五5(二)の事実に反する部分は、同証人の証言と同証人作成の陳述書である乙第一号証の一、二との右事実に関する内容がくいちがっていること及び同証人の証言内容の不自然さに照らし信用できず、また、乙第四号証中、右認定の請求原因五5(三)、(四)の事実に反する部分は、冒頭の各証拠に照らし信用できない。

(二) また前記甲第四六号証、証人前田哲の証言により成立を認める甲第八号証、甲第一一号証及び証人世永元保の証言によれば、平成四年一月頃、原告の元販売員で、被告の販売員になった白石セツが、「トータス(原告)のカートリッジがより良く改良され価格も安くなりました。…今回に限り、本体を無料で交換致します。期間は三月五日迄となっております。比のチャンスに是非交換されては如何でしょうか。窓口はアップル株式会社(被告)となっております。」等の記載があり、更に原告に対する解約届のモデルも示された文書と被告の浄水器のパンフレット(甲第八号証のファックス送信元原本)を持って、愛媛県川之江市に在住の原告の販売員である鈴木隆子を訪れ、これと同趣旨のことを述べて被告との販売員契約を締結するよう勧誘したことが認められる。

被告は、甲第八号証について、事実欄第三、五2のように主張するが、甲第八号証の内容が被告の主張するような趣旨のものでないことは、右認定の文書の内容自体から明らかであり、前記甲第四六号証及び証人世永元保の証言に照らしても右主張は採用できない。

(三) 成立に争いのない甲第二八号証の一ないし三、前記甲第四六号証、証人世永元保の証言によれば、岡山県在住の原告の顧客大住百合子が、被告との間で浄水・活水器供給契約を締結したことにともなう預金口座振替申込書を原告に対し送付して来たことが認められ、このことによれば、右大住は、被告との浄水器供給契約を締結することは、原告と右供給契約を締結することと同じことであると認識していたものと認められる。右事実と、前記(一)認定の被告の販売員による行為に照らせば、大住に対しても、被告の販売員による(一)認定の行為と同様の行為が行われ、それにより大住が原告と被告を混同して認識し、被告に対する浄水器供給契約の申込書を原告に送付したものと推認され、右推認を覆すに足りる証拠はない。

(四) 右(一)ないし(三)認定の被告の販売員による営業活動は、原告の販売員、顧客に対し、真実そのようなことがないのに、被告の製品があたかも原告の製品の改良品で、原告が営業主体でありながら、被告が窓口になっているかのように欺罔して、原告との浄水・活水器供給契約を被告との契約に替えさせるものであり、不法行為に当たると認められる。

原告は、右の行為は、不正競争防止法二条一項一号所定の営業について混同を生じさせる行為に該当すると主張するが、同号は、原告の周知の商品等表示に類似した商品等表示を被告が使用することが要件とされているところ、そのような周知の原告の商品等表示及び、それと同一又はそれに類似した商品等表示を被告が使用したことを原告は主張立証しないから、右主張は失当である。

2(一) 前記甲第一六号証の一、二、甲第一七号証の一、二、甲第四六号証、証人世永元保の証言により成立を認める甲第九号証ないし甲第一二号証、甲第二三号証の一、二、甲第二九号証、甲第三〇号証の一、二、証人世永元保及び証人前田哲の各証言によれば、請求原因五6(一)ないし(九)の事実を認めることができる。

右認定に反する前記乙第一号証の一、二、成立に争いのない乙第二号証及び乙第三号証の各一、二並びに証人森高曙子の証言部分は、いずれも冒頭に掲げだ各証拠に照らし信用できない。

(二) 右の被告販売員による行為は、被告と営業上の競争関係にある原告が、倒産したり、あるいは倒産の危機に瀕している事実がないのに、そのような事実があると告げるものであり、原告の営業上の信用を害するものであるから、不正競争防止法二条一項一一号に該当すると認められる。

3 証人戸田由美子の証言により成立を認める甲第四八号証及び証人戸田由美子、証人前田哲及び証人世永元保の各証言によれば、平成四年一〇月三〇日昼頃、原告の販売員戸田由美子は、被告の販売員から、トータスがあぶないと言われて心配した直下の販売員の鍵野に勧められて、被告代表者後藤比朗也及び被告の従業員折田直樹らと大分駅の近くの喫茶店「ドルフィン」で会ったこと、同所において、後藤は戸田及び鍵野に対し「原告は、手形が決済できず、どの銀行も取り引きしないから、今年一杯でだめになる」、「原告は、法律で禁じられている抱き合わせ商法をとっているが、主婦は法律に弱いからだまされる」、「原告は、販売員の過剰在庫を引き取らないが、原告から被告に切り替えれば、今なら無料で組織ごと付け替えてあげる」などといった趣旨を述べて、原告との販売員契約を解消して、被告と同契約を締結するよう勧誘したことが認められる。

被告代表者尋問の結果中には、「戸田由美子に会ったことはある。右認定のような話しをしたことはない。そのとき具体的にどういう話をしたかは記憶にない。一般的に、各地区にいくと、原告の販売員から、被告の仕事の内容を聞きたい、あるいは原告についての情報を知っているのではということで面会を希望されることが多く、地方の営業マンを通して連絡を取って集まり、挨拶をしたり、原告の販売員としての苦情を聞いて被告の商品の特徴や営業のやり方を説明するだけで、こちらに替わらないかということは言わない。」旨右認定の事実に反する部分がある。しかしながら、右部分自体、戸田に対し具体的にどういう話をしたか記憶にないとしながら、前記認定のような話をしたことはないと矛盾している上、右被告代表者尋問の結果によれば、当時被告において営業活動に従事している社員は、被告代表者の外は、必ずしも多くなかったものと認められるところ、そのような状況の中で被告の営業活動に専念しているはずの後藤が、被告の販売員になる可能性のある原告の販売員とわざわざ地方にまで出向いて面接しながら、何らの勧誘活動をしないというのは、そもそも不自然であり、被告代表者尋問中の前記部分は、証人戸田由美子の証言に照らして、たやすく措信できない。

証人溝田千恵子の証言中には、平成四年一〇月末に大分市で、後藤、折田と三人で、戸田、鍵野に会ったことはない旨の部分があるが、被告代表者尋問の結果に照らし信用できない。

被告代表者の右の行為は、前記2同様、不正競争防止法二条一項一一号に該当するものである。

四1  被告の平成四年二月ないし五月当時の本店所在地が大阪市淀川区にあったことは本件記録上明らかであり、弁論の全趣旨によれば、被告の主な営業活動範囲は、大阪、四国、九州などの西日本地域であることが認められる。また、証人森高曙子及び証人溝田千恵子の各証言並びに被告代表者尋問の結果によれば、被告の販売員森高曙子及び白石セツは、いずれも、愛媛県に居住し、かつて原告の販売員であったが、被告が設立されたのち、被告代表者後藤のもとを訪れて、被告の販売員になったものであり、それ以後被告の販売員として営業してきたこと、そのうち、森高曙子は原告の販売員であった当時は約八〇〇人程度の傘下の販売員、顧客を有し、現在、被告において約五〇〇人ほどの販売員、顧客を傘下に有するものであること、被告の販売員溝田千恵子は、福岡県に在住し、被告が設立された頃に原告の販売員から被告の販売員に移ったもので、原告の販売員であった当時も、被告の販売員である現在も約七〇〇人ほどの販売員、顧客を傘下に有するものであることが認められ、これらの被告の販売員森高曙子、溝田千恵子及び白石セツは、いずれも被告の販売員として、傘下に相当数の販売員、顧客を有し、積極的に営業活動を行っているものと認められる。

2  前記三認定の被告販売員の各行為は、既に認定したとおり、被告の主な営業活動地域である西日本地域のうちの、愛媛県、香川県、福岡県、岡山県などの広範囲な地域にわたって行われているのにその内容は類似していること、時期的に見ても、これらの行為は被告が設立された平成三年三月の後の、平成三年一一月ないし平成四年五月にかけて集中していること、右三3に認定したように、被告代表者自身、平成四年一〇月に、不正競争防止法二条一項一一号に該当する違法な行為を行っていること、前記三1、2に認定した行為を行ったものと認められる森高曙子、溝田千恵子及び白石セツは、いずれも被告の販売員としで積極的に活動している者であると認められることからすれば、これらの行為は、いずれも被告の指示に基づき、被告の組織的な活動として故意に行われたものと推認することができる。

右事実に反する前記乙第一号証の二、乙第二号証の一、乙第三号証の二、成立に争いのない乙第五号証ないし乙第八号証、乙第一四号証、証人森高曙子、証人溝田千恵子の各証言及び被告代表者尋問の結果中の部分はいずれもたやすく信用できない。

五  被告は、事実欄第四、一のように、原告の販売員ないし顧客であった者のうちには、原告との販売員契約ないし浄水器供給契約を解消して被告と同種契約を締結したものが相当数存在することを認めながら、原告の販売方法、販売組織には販売員に過重な負担をかける問題、欠点が存在するとし、そのような問題点がない被告の販売方法、販売組織に共感した原告の販売員らが、原告から被告に移転したにすぎないと主張する。

しかしながら、被告の違法な勧誘行為が存在したと認定できることは、右三及び四のとおりであり、被告主張のように原告の販売方法について原告の販売員の中に不満を持つ者があったとしても、そのことをもって右三及び四認定の被告の行為が適法となるものではない。

六  以上によれば、前記三1及び四認定の事実については民法七〇九条により、三2、3及び四認定の事実については、不正競争防止法四条、二条一項一一号、平成五年法律第四七号附則二条により、被告は、これらの行為により原告に生じた損害を賠償すべき義務を負うものである。

1  ところで、被告による前記のような違法な勧誘活動があるにしても、それが右三認定の程度を越えて、どの地域にわたって、どれだけの頻度行われたかを確知するに足りる証拠はない。原告は、右については、現実に証拠によって把握することができない、いわゆる暗数というべき事実が存在すると主張し、なるほどそのような可能性を否定することはできないが、だからといって、その数や程度を認定することはできない。

原告は、被告の違法な行為によって原告との契約解消に至った顧客は、平成四年二月から五月までの期間をとっても四五〇〇件以上であると主張し、前記甲第四六号証及び証人世永元保の証言中には右にそう部分があるが、これらの証拠のみで右期間に四五〇〇件以上の契約解消があったと直ちに認めるに足りるものではなく、また、仮に右の数の契約解消があったとしても、その契約解消がすべて被告の違法な勧誘行為によるものと認めるに足りる証拠はない。

原告は、同一書式による多数の解約届が提出されていることが、被告による違法な勧誘行為の存在を推認させるものであると主張し、成立に争いのない甲第二七号証の一ないし九、甲第三一号証の一ないし四、甲第三二号証の一ないし五、甲第三三号証の一ないし二七、甲第三四号証の一ないし一五、甲第三五号証、甲第三六号証の一、二、甲第三七号証の一ないし七、甲第三八号証の一ないし四、甲第三九号証の一ないし四、甲第四〇号証の一ないし一六、甲第四一号証の一ないし一一、甲第四二号証の一ないし一四、甲第四三号証の一ないし三、甲第四四号証の一ないし八によれば、近接した地域の複数の顧客から、同一又は近接した日に、同一書式、場合によっては同一の筆跡の解約届が原告に送付された例、解約者名リストという形式で多数の顧客からの解約届が提出された例のあることが認められる。しかしながら、前記一のとおり、原告の販売方法はいわゆる連鎖販売取引方法によるものであること、乙第一四号証、証人森高曙子、同溝田千恵子の各証言、被告代表者尋問の結果、弁論の全趣旨によれば、原告の販売組織は、上下の販売員間、販売員と顧客の間の人間関係に基づくピラミッド型のものであり、そのためある上位の販売員が原告との契約を解消し、被告と契約するようになった場合には、その傘下の販売員、顧客に働き掛けて、一体となって被告との契約に変更させようとすることは自然なことと認められる。そして、被告による適法な勧誘行為によって上位の販売員が原告との契約を解消して被告と契約を締結するようになり、その結果傘下の販売員、顧客ともども一緒に被告と契約をするようになった場合には、頂点に立つ販売員が指導し、あるいは代筆して、右のような同一の書式、筆跡による相当数の解約届が提出される事例もあることは容易に推認されるところである。

しかも前記甲第一七号証の一、二、乙第一号証ないし乙第三号証の各一、二、乙第五号証ないし乙第八号証、乙第一四号証、成立に争いのない乙第四号証、乙第九号証、乙第一〇号証の一、二、乙第一一号証、乙第一二号証、乙第一三号証の一ないし九、証人森高曙子、同溝田千恵子の各証言、被告代表者尋問の結果によれば、原告の販売員の中には、原告の販売促進のためのキャンペーンで借金をしてでも商品を買い入れないと組織内のランクが上がらず不利になる、支払われるべきコミッションから控除される諸経費が当初の説明より多く、利益が出にくい、不要の商品まで抱き合わせで買わされる等原告の販売方法に不満を抱く者が少なからずあり、被告の販売方法の説明を聞いて販売員の負担がより少ない被告の販売方法の方が良いと考えて原告との契約を解約し被告と契約した者が少なくないことが認められる。

しだがって、被告の違法な勧誘行為の行われた期間に原告との契約を解消した者の全てあるいは大部分が被告の違法な勧誘行為によって契約を解消したものとも、その内の一定の割合の者が被告の違法な勧誘行為によって契約を解消したものとも認めることはできない。

以上によれば、被告の違法な勧誘行為と因果関係のある販売員、顧客の減少による原告の損害を確知するに足りる信頼すべき証拠はないから、逸失利益についての原告の請求は失に当である。

2  信用毀損による損害について判断するに、前記認定三の被告の行為により原告は営業上の信用を害されたと認められ、右認定の被告の行為態様、行為の回数などからすれば、右の原告が被告の違法な行為によりこうむった営業上の信用毀損による損害を金銭に評価するとすれば、前記三1の不法行為によるものが一〇〇万円、三2、3の不正競争行為によるものが金二〇〇万円をそれぞれ下回らないと認められるが、これを上回る金額を認めるに足りる証拠はない。

右三2、3の行為を不法行為とみても右金額を上回る損害は認められない。

3  原告は、被告の違法な行為によりその信用を毀損されたことについて、請求の趣旨第2項の信用回復措置を求める。

前記三認定の被告の行為態様、回数、証人世永元保の証言により認められる平成五年四月頃には、被告の違法な行為も取り立てて行われておらず、現在においても同様の行為がなされていると認められるに足りる証拠はないこと、平成四年一月から二月頃にかけて集中的に行われた被告の勧誘行為は、被告は原告と同一であるとか原告が倒産しかねない旨を販売員、顧客に告げるものであったところ、弁論の全趣旨によれば、今日の時点においては、被告が原告と別の会社であり、また原告に特段倒産の危機等があるというわけでもないことは原告の販売員や顧客にとっては明らかな事実となっていると認められること、本判決により被告の違法な行為が認定され、三〇〇万円に及ぶ信用毀損損害についての賠償が命じられることなどの事情を考慮すると、被告に対し、右の信用回復措置を命じる必要があるとまでは認められない。

七  以上によれば、原告の本訴請求は、損害賠償金として金三〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな平成四年六月三〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を、仮執行宣言について、同法一九六条一項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西田美昭 裁判官 大須賀滋 裁判官 櫻林正己)

別紙

謝罪文

当社は、当社の商品である浄・活水器「水神」を販売員を通じて販売するにあたり、平成三年一二月ころから最近までの間に、貴社のお客さまや販売員の方々に対し、当社の商品は貴社の浄・活水器を改良したもので爾後の販売窓口は当社になるとか、当社が貴社から販売窓口を引き継ぐとかの真実に反する事項を申し向けたり、また、貴社が倒産間近であるとか、既に倒産したとかの真実に反し且つ貴社の信用を害する事項を申し向けたりして、当社への契約に切り替えさせるよう働きかけましたが、これにより、貴社の利益を害しましたことは、誠に申し訳ありません。

今後は、このような貴社との同一性や貴社の営業上の信用に関する虚偽の事実を陳述しての営業活動は行わないことを誓い、貴社の営業上の信用を回復するため謝罪の意を明らかに致します。

平成 年 月 日

大阪市淀川区西中島六丁目七番三号

第六新大阪ビル一〇階一〇〇二号

アップル株式会社

代表取締役 後藤比朗也

東京都文京区白山一丁目三七番六号

トータス株式会社

代表取締役 世永育子殿

(備考) 掲載に際して使用する活字の大きさは、次のとおりとする。

(一) 会社名・氏名及び標題 二倍活字

(二) その他 一・五倍活字

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